OSCAL導入プロジェクトの進め方
2024/10/12
はじめに:OSCAL導入の全体像
これまでの記事では、NISTが提唱する OSCAL(Open Security Controls Assessment Language) という枠組みを使うことで、文書ベースのセキュリティ評価やコンプライアンス管理に潜む非効率を解消し、データドリブンかつ自動化された監査・評価プロセスを実現できる可能性をご紹介してきました。 しかし、「OSCALが良さそうなのはわかったけれど、実際にどのような手順で導入すればいいのか分からない」という声も多いのではないでしょうか。本記事では、その疑問に応えるべく、OSCAL導入の具体的なステップを順を追って解説します。
ポイントは、いきなりフルスケールで導入するのではなく、計画的に段階を踏むことです。既存のExcelやWord資産をどのように扱うのか、ツール連携はどう進めるのか、経営層や監査人を含むステークホルダーをどう巻き込むのかなど、現場が抱える課題は多岐にわたります。ここでは、全体像を示しつつ、失敗しがちなケースやうまくいくためのヒントも盛り込みました。ぜひ最後までご覧いただき、ご自身の組織でのOSCAL導入をスムーズに進めるための参考にしていただければ幸いです。
なお、国内においてOSCALを活用したプロジェクトは、私が観測している範囲でまだ例がありません。後述の通り、OSCALの導入には技術的な知見も必要になるため、容易ではありません。そのため、下記に記載されている内容はあくまで「現段階で想定される理想的な進め方」であり、成功事例をもとに構築された手順ではないことをご理解いただければと覆います。
導入前に知っておくべき前提事項
導入範囲の検討:全社導入か部分導入か
まず最初に考えるべきは、「どの範囲」をOSCAL化するのかという点です。OSCALによる効率化の恩恵は広範囲に及びますが、だからといって一気に全社でフル導入を進めると、途中で混乱に陥ったり、過剰な負荷を背負ったりするリスクが高まります。そこで、多くの成功事例では、まずパイロットプロジェクトを選んでOSCAL化し、段階的に拡大するアプローチが取られています。たとえば「FedRAMPとISO 27001のコントロールだけを扱うプロジェクトから始める」「クラウド環境だけを対象にする」など、範囲を限定して試してみると導入のハードルが下がるでしょう。
ツール・人材リソースの確認
OSCALの導入にあたっては、XML/JSON/YAMLといったデータ形式に対する一定の理解が必要になります。加えて、セキュリティコントロールに関する知識や、既存文書を整理するドキュメント管理のスキルも欠かせません。社内にそうしたスキルセットを持った人材がいない場合は、外部コンサルタントやエンジニアのサポートを検討するのも一つの手です。
また、オープンソースソフトウェア(OSS)や既存の変換ツールがどれだけ活用できるかも調べておきましょう。NIST公式のGitHubリポジトリにはOSCALのサンプルデータやリファレンス実装が公開されており、これらを参考にすることで、導入の学習コストを大幅に削減できる場合があります。
コミュニケーションプラン
さらに、経営層へのレポーティングや現場担当者への周知、監査人との連携など、ステークホルダー全体の理解を得ることも重要です。経営者や管理職にとって、OSCALという新しい仕組みに投資するメリットははっきり見えにくいかもしれません。そのため、「これだけ工数削減・可視化ができる」「監査にかけるコストがX%削減できる見込み」など、導入メリットを定量・定性の両面で示す工夫が求められます。監査人や外部ステークホルダーについても、OSCAL形式でのレポーティングが将来的にどんな価値をもたらすのかを説明し、協力体制を構築しておきましょう。
OSCAL導入ステップ その1:計画・要件定義フェーズ
導入ゴールの設定
OSCAL導入にはさまざまな効果が期待できますが、自社が最も解決したい課題や達成したいゴールを明確にすることが第一歩です。たとえば「複数の規格対応(ISO 27001、SOC 2など)を効率化したい」「監査レポートを自動生成して人手作業を減らしたい」「一元的にコントロールを管理してリスク可視化を実現したい」など、目的が明確であればあるほど、導入スコープや優先度を決めやすくなります。
対象範囲の洗い出し
ゴールを設定したら、具体的にどの規格やどのシステムのコントロールをOSCAL化するのかをリストアップしていきます。大規模な企業ほどシステムやクラウドサービスが散在しており、セキュリティコントロールも複数の部署が個別管理しているケースが多いでしょう。最初の段階で網羅的なリストを作るのは難しいかもしれませんが、パイロット導入の対象を決めるうえでは大まかな把握が必要です。
プロジェクト計画と役割分担
OSCAL導入は、セキュリティ担当者だけで完結できるものではありません。システム管理部門や各現場、さらに必要に応じて監査人、経営者なども巻き込み、プロジェクトチームを編成する必要があります。プロジェクトマネージャーは誰か、技術的サポートはどの部署・外部ベンダーが担当するのか、どのタイムラインでパイロットプロジェクトを完了し、いつ成果をレビューするのか――こうした計画を明確に立てることで、導入の見通しがぐっと高まります。
OSCAL導入ステップ その2:データ移行・モデリング
既存ドキュメントの整理
実際の作業で最も時間を要するのが、既存文書との付き合い方です。ExcelやWordで管理されているセキュリティポリシーやコントロール一覧、監査証跡などを一度整理して、重複やバージョン違い、古い情報などを洗い出しましょう。ここで混乱が生じないよう、まずは全ての文書を集約し、整理・統合のプロセスを踏むことをおすすめします。
コントロールカタログ/プロファイル設計
OSCALでは、コントロールカタログやプロファイルという概念を使って、セキュリティ要件をモジュール化して管理します。たとえば、ISO 27001、SOC 2、FedRAMPなど、複数の規格をひとまとめにした「自社独自のコントロールカタログ」を作成し、その中から必要なコントロールを抜き出したプロファイルを、プロジェクトごとやシステムごとに設定するといった使い方が可能です。
この段階で重要なのは、「どのコントロール同士が重複しているか」「どの規格とどの規格が共通の項目を持つか」を洗い出し、OSCALのデータモデル上で整理することです。マッピングの作業は大変ですが、一度整理してしまえば、今後監査対象が増えても既存コントロールを再利用できる利点があります。
移行用ツール・変換スクリプトの作成 or 選定
OSCALファイルを手動でXMLやJSON、YAMLに起こすことも不可能ではありませんが、規模が大きい場合は現実的に考えてツールや変換スクリプトの導入を検討したほうがよいでしょう。すでに存在するOSSツールを使ってExcelシートからOSCAL形式に変換できるものもありますし、外部コンサルタントと協力してカスタムスクリプトを作っている企業もあります。
このとき、変換結果が正しいかどうかを確認するためにテストを行うことが大切です。コントロール項目やリファレンスのリンク、要件間のマッピングなど、思わぬミスが生じないよう、バージョン管理システム(Gitなど)も活用して正確性を担保しましょう。
OSCAL導入ステップ その3:ツール連携・実装
CI/CDパイプラインや監査ツールとの連携
OSCALの真価は、ツール連携や自動化による監査効率アップにあります。GitHubやGitLabなどのリポジトリでOSCALファイルを管理し、プルリクエスト(Pull Request)ベースでコントロールの更新やレビューを行えば、チーム内での変更履歴が明確になるでしょう。また、合意が得られればCI/CDパイプラインが走り、監査レポートの自動生成やマッピング表の更新などを自動で行うことも可能です。
コンポーネント定義・システムセキュリティプランの運用
OSCALには「コンポーネント定義」や「システムセキュリティプラン(SSP)」といった仕組みも用意されています。たとえば、クラウドインフラの構成管理ツール(Terraform、Ansibleなど)を活用してシステム設定を行っている場合、その設定情報をOSCALファイルと紐付けることで、セキュリティコントロールがどのコンポーネントで具体的に実装されているのかを自動的に追跡できるようになります。
この運用をうまく回すためには、変更管理プロセスとOSCALデータの更新フローを連動させることが鍵です。新しい機能をデプロイしたり、クラウドリソースを追加したりするタイミングで、OSCALのコンポーネント定義も更新し、自動テストで整合性を確認するような仕組みを作ると、リアルタイムでコンプライアンス状況を把握しやすくなります。
導入効果を最大化するためのポイント
PoC(概念実証)からの拡大
前述のとおり、いきなり全社的に導入するのではなく、小さく始めるアプローチが成功率を高めます。まずは1~2規格を対象にして、必要最小限のシステムから始めれば、OSCAL移行にかかる作業やツール連携の難易度を実体験で学べるでしょう。その結果をフィードバックしながら、段階的に適用範囲を広げていくと、組織全体に負荷をかけずに導入を進められます。
ドキュメント管理体制との融合
OSCALを導入したからといって、すべての文書が即座にデータ形式へ置き換わるわけではありません。WordやExcelなどの資産がどうしても残るケースは少なくありません。そこで、ハイブリッド運用のルールを決めておくことが重要です。たとえば、コントロール関連の情報はOSCALファイルが正とし、詳細な運用マニュアルや手順書は引き続きWordで管理する、といった形です。長期的にはドキュメント管理ガイドラインを見直しながら、徐々にOSCAL中心の体制へ移行していくのが自然でしょう。
監査人・第三者との連携
内部だけでOSCALを使い始めても、最終的に監査レポートを外部に提出する際に、「従来のWordやExcelでください」と言われる可能性もあります。これは、監査人サイドがまだOSCALに慣れていないからです。そこで、「OSCAL形式のレポートを提出するとこういうメリットがある」といった説明を、監査人やクライアントに対して丁寧に行い、相互の理解を深めておくとスムーズでしょう。まだ日本では、現段階でOSCALに対応している監査法人はないと考えられます。そのため、監査法人としても新しい取り組みになるはずです。うまく行けば、ファーストペンギンとしての先進的な事例を監査法人と構築できる可能性があります。
まとめと次のステップ
OSCAL導入は、膨大な監査文書や複数規格への対応で頭を悩ませる企業にとって、大きな解決策となり得ます。しかし、それを実践するには、計画・要件定義 → データ移行・モデリング → ツール連携・実装という一連のステップをしっかり踏み、徐々に慣れながら運用することが重要です。 導入直後は手間がかかるかもしれませんが、OSCALでコントロールや証跡を一元化できれば、長期的に見て監査対応やリスク管理の効率は大幅に向上します。何より、変更管理や将来的な規格追加にも柔軟に対応できる仕組みが整うため、セキュリティ・コンプライアンス部門が本来注力すべき戦略的業務にリソースを回せるようになるでしょう。
本記事でご紹介したステップを参考に、ぜひ自社・組織でのOSCAL導入計画を検討してみてください。