はじめてのNIST OSCAL:概要と国内での必要性

2024/11/05

情報セキュリティに対する社会的な要請が高まるなか、膨大なセキュリティに関する文書や記録を、Word/Excelベースで管理し続ける従来の方法では限界を感じる企業が増えています。内部統制や外部監査など、セキュリティに関する取り組みそのものは年々高度化しているものの、やるべきタスクが増え、ドキュメントの整合性を保つだけでもひと苦労というのが現状ではないでしょうか。こうした状況を変えるため、アメリカ国立標準技術研究所(NIST)が提唱しているのが、OSCAL(Open Security Controls Assessment Language) と呼ばれるフレームワークです。

OSCALでは、セキュリティの取り組みや監査証跡を機械が読み取りやすいデータ形式で管理することにより、監査やコンプライアンス活動の効率化と透明性向上を目指しています。日本国内でもまだ馴染みのない言葉ではありますが、海外(特にアメリカ)では、すでに政府やクラウドベンダーを中心に取り組みが進んでいるため、今後の動向を把握しておくことが重要です。本記事では、OSCALの概要から国内での必要性、さらにその具体的メリットや導入時の課題までを、できるだけわかりやすく解説していきます。

NIST OSCALとは?

米国NISTの役割とOSCAL誕生の背景

OSCALを理解するうえでは、まずはその開発元であるNIST(National Institute of Standards and Technology)がどのような機関なのかを押さえることが欠かせません。NISTは、アメリカ商務省の下に位置する国立の標準技術研究所で、暗号技術の標準化やサイバーセキュリティに関するガイドラインの策定など、幅広い分野で国際的に影響力を持っています。たとえば、NISTのSP(Special Publication)シリーズやNIST Cybersecurity Frameworkは、世界中の企業や政府がセキュリティ指針として参照しているほどです。

そんなNISTが、新たに開発している考え方がOSCALです。クラウド利用が一般化し、ITシステムの構成が複雑化している現代においては、WordやExcelなどの文書・記録に頼ったセキュリティ評価は非効率になりがちです。さらに、セキュリティに関する規制やガイドラインは増え続け、複数の規格やフレームワークをまたいだ監査を行うケースが増えています。その結果、同じようなセキュリティ管理策を何度もコピペしたり、各規格ごとに微妙に異なる監査要件を整理したりと、膨大な手間が発生しているのです。

NISTが目指したのは、セキュリティコントロールや監査証跡をデータとして機械が扱える形に統一し、再利用と自動化を推進することです。OSCALを使うことで、例えば、ISMSの取り組みで作成した情報をSOC 2の監査に流用したり、システム間でセキュリティ要件を自動的にマッピングしたりする道が開けます。こうした取り組みが実現すると、セキュリティ担当者や監査人は、書類作成の細かな作業から解放され、より付加価値の高い業務にリソースを割くことができるでしょう。

データモデルの特徴

OSCALは、XML、JSON、YAMLといった一般的に使われるデータフォーマットで表現できるように設計されています。これらのフォーマットは、ソフトウェアやスクリプトで容易に読み書きができるため、監査ツールやCI/CDパイプラインとの連携がしやすいというメリットがあります。また、OSCALのデータモデルは「コントロールカタログ」「プロファイル」「システムセキュリティプラン」「コンポーネント定義」などのモジュールで構成され、それぞれの用途に応じて情報を整理できるようになっています。

たとえば、OSCALでコントロールカタログを定義する際には、「この規格(または法令)にはどんなセキュリティ要求が含まれているのか」を、階層的かつ構造化して表現します。一方、プロファイルでは、特定の業務領域やシステム環境に合わせてコントロールを選別し、「自社ではどのコントロールを適用するのか、どのように実装するのか」を明確に記述する形です。従来、監査要件をExcelに列挙して対応状況を手作業で整理していた企業にとっては、非常に魅力的なアプローチといえます。

従来のセキュリティ管理・監査に潜む課題

文書ベース管理の限界

ここで、改めて従来型のセキュリティ管理や監査にはどのような問題があるかを振り返ってみましょう。WordやExcelなどの文書・記録は、誰でも閲覧・編集しやすいという利点があります。しかし、セキュリティ要件や監査証跡が膨大になると、それらを一貫して管理するのは容易ではありません。規格ごとに異なる書式やテンプレートに合わせて文書を作成し、そのうえ各文書のバージョン管理や更新履歴を追う作業まで発生します。結果的に、少し内容を変更するだけでも複数ファイルを開いて整合性を確認する必要が生じ、監査のタイミングで「どれが最新か分からない」「社内の別の部署では違う書き方をしている」といった混乱が頻繁に起こります。

また、ITインフラが多様化するにつれ、クラウドサービスやオンプレミス環境、SaaSなどの要素が入り混じった複雑なシステム構成が当たり前になりました。そのような時代に、Excelのシート上でシステム構成図やコントロール適用状況を一覧化するのは現実的とは言い難い面もあります。万が一、設定を変更した際に連動して監査ドキュメントも更新しなければならないとすると、属人的な管理ではいつかミスが生じる可能性が高まるでしょう。

重複作業と監査対応の負担

文書ベース管理がもたらす最大の弊害は、「同じ内容を規格ごとに重複記載しなければならない」点です。たとえば、ISO 27001とSOC 2、あるいはFedRAMPとPCI DSSなど、複数のフレームワークや規格に対応している企業は、それぞれの要求事項に合わせてコントロールを並べ替えたり、表現を変えたりする必要があります。これが1回限りで済むならまだいいのですが、実際には内部監査・外部監査のたびに最新版を更新し、関係者にレビューを依頼し、指摘事項を修正するといったプロセスが繰り返されます。

また、監査人から追加の証拠提出を求められた場合にも、「どこにどの証跡があるのか」「いつの時点のバージョンで作成されたか」を手作業で探すケースが多いかもしれません。こうしたプロセスを何度も繰り返しているうちに、セキュリティ担当者は本来の戦略的な業務よりも、書類管理に膨大な時間を割かなければならなくなります。このような非効率から脱却するためにも、OSCALのようなデータ志向のアプローチが注目されているのです。

OSCALがもたらす具体的メリット

ドキュメント管理の一元化と再利用性の向上

OSCALを導入すると、まず大きく変わるのがドキュメント管理の方法です。これまではExcelやWordで散在していたコントロールや証跡情報を、OSCALのデータモデルに落とし込めば、規格間でのばらつきがなくなり、また、一度定義したコントロールを必要に応じて参照・再利用できるようになります。 たとえば、「リモートアクセス制御」や「ログ監視」のような共通コントロールは、多くの規格やシステムで何度も使われるはずです。これらをOSCALフォーマットで定義しておけば、新しい規格の要求事項にも簡単に紐づけられ、二重・三重の文書作成が不要になります。さらに、修正や更新が必要になったときも、データベース感覚で一括管理できるため、全体の整合性を保ちやすい点が大きな魅力です。

ツール連携や自動化による効率アップ

OSCALは、XMLやJSON、YAMLといったプログラムが扱いやすい形式を採用しているため、監査ツールやCI/CDパイプラインと連携しやすいという利点があります。たとえば、GitHubやGitLabなどのリポジトリでOSCALファイルを管理すれば、プルリクエストを活用して変更点をレビューしたり、特定のブランチがマージされたタイミングで自動的に監査レポートを生成したりといった仕組みを構築できるでしょう。

また、静的コード解析ツールや脆弱性管理ツールとも連携すれば、コントロールを実装する段階で準拠している規格や基準を自動的にマッピングすることも可能です。これにより、セキュリティ要件を満たしているかを開発初期の段階からチェックできるようになり、後から監査のために大規模な修正を行うリスクを減らせます。自動化が進むほど、セキュリティ担当者や監査人は管理に費やす時間を削減し、重要度の高い業務に集中できるようになるでしょう。

リスク評価と統制の効率化

従来の文書ベース管理では、リスク評価や内部統制の段階で「どのシステムがどのコントロールをどの程度満たしているか」を調べるだけでも、多くの時間を要します。ところが、OSCALを導入していれば、セキュリティコントロールの適用状況や監査証跡がデータとして常に最新化されているため、必要に応じて可視化ツールで一覧表示したり、外部の監査システムと連携して自動でスコアリングしたりすることが容易になります。

リスク評価がスピーディーに行えると、新しいサービスや機能を市場に投入する際のセキュリティレビューも迅速化できるはずです。また、内部統制や監査対応のコストを下げつつ、監査精度を高めることも期待できます。特に企業規模が大きくなると、扱うシステムや拠点が増え、セキュリティ管理が複雑化する傾向にありますが、OSCALでデータを標準化しておけば、拡張もしやすくなるのです。

なぜ国内でもOSCALが求められているのか

海外規格の動向とグローバル対応

アメリカでは、FedRAMPとOSCALの連携が少しずつ進んでおり、政府機関向けのクラウドサービスを提供する企業は、OSCALでコントロールを記述することで監査を効率化できるという動きがあります。FedRAMPだけでなく、ISO 27001やSOC 2、PCI DSSなど複数の規格とマッピングできる余地があるため、今後はグローバル対応の一環としてOSCALを活用する事例が増えると考えられます。

日本企業でも、海外企業との取引や事業拡大を進める場合は、必然的に国際規格への対応を求められる場面が多いでしょう。そこで、OSCALを使ったセキュリティ評価やドキュメント管理がスタンダードになれば、契約や監査のやり取りをスムーズにする大きなメリットを得られるはずです。特に、グローバル企業では複数の拠点・子会社が異なる規格を同時に満たさなければならないケースも多く、そのような複雑な状況をシンプルにできる点は見逃せません。

政府調達・公共領域における標準化の必要性

日本政府もデジタル庁の設立などを通じて、行政サービスや公共システムのデジタル化を進めています。今後、政府や自治体のクラウド利用が加速すると、セキュリティ評価の基準がいっそう明確化される可能性が高いでしょう。たとえば、政府調達の一環としてセキュリティレベルを証明する際に、OSCALと連携した評価方法が取り入れられるシナリオも考えられます。

さらに、日本の企業が公共案件や大規模プロジェクトに携わるうえで、「OSCALに対応しているかどうか」がひとつの要件になることもあり得ます。まだ先の話かもしれませんが、海外政府や国際機関との協調が増えるほど、OSCALを含む国際標準を意識せざるを得なくなるでしょう。いずれにしても、いまのうちからOSCALの概念を理解し、導入に向けた下準備を進めておくことは決して無駄にはならないはずです。

導入に際してのハードルと今後の展望

認知度の低さとツール・人材不足

OSCALは、海外では徐々に知名度を上げていますが、日本ではまだ比較的新しい概念であり、導入事例や日本語の資料が十分に整っているわけではありません。この認知度の低さが大きなハードルとなり、「そもそもOSCALって何?」という段階で興味を持ちづらい状況が続いています。また、OSCALを扱える人材やツールが国内では限られているため、試験導入をしようとしても、手探り状態で進めざるを得ないケースが多いです。

ただし、海外のGitHubリポジトリやNIST公式サイトでは、OSCALのサンプルデータや変換ツール、ガイドラインがオープンソースとして公開されつつあります。英語の資料を活用できるエンジニアやセキュリティ担当者であれば、これらを参照しながら導入を試してみることは可能でしょう。コミュニティへの貢献を通じて国内の事例やナレッジを増やすことが、日本での普及を進めるうえで重要なポイントとなります。

既存資産との整合性と移行プロセス

もう一つの大きな課題は、既存のWordやExcelで管理している膨大なセキュリティ文書を、どのようにOSCALに移行するかという点です。大企業になればなるほど、何年にもわたって構築してきたドキュメントや内部プロセスが存在し、それらを簡単に捨てるわけにはいきません。移行作業にはコストや労力がかかるため、経営層からの理解と予算の確保が欠かせないでしょう。

移行をスムーズに進めるには、まずはパイロットプロジェクトとして一部システムや特定の規格だけをOSCAL化し、メリットを明確に示すことが有効です。そのうえで、OSCALの仕組みに慣れたチームが中心となり、段階的に対象を拡大していくアプローチが現実的と考えられます。最終的には、従来のExcelやWordの文書を段階的に廃止(もしくはアーカイブ化)し、OSCALフォーマットを社内標準として根付かせるのが理想です。

国内コミュニティの発展と標準策定の可能性

OSCALが国内で広く使われるようになるためには、業界団体や標準化推進組織、あるいは大手企業のリーダーシップが欠かせません。特に、セキュリティやコンプライアンスの標準策定に大きな影響力を持つ団体がOSCALを積極的に取り上げれば、周辺ツールの開発や導入事例の共有が進みやすくなるでしょう。また、大学や研究機関との連携によって、より高度な監査自動化やAIとの組み合わせなど、技術的な発展も見込めます。

将来的には、日本独自のガイドラインやベストプラクティスがOSCALの形で定義され、国内企業がセキュリティ管理を行ううえで「当たり前の選択肢」となる可能性もあります。たとえば、経済産業省や情報処理推進機構(IPA)などがOSCALに関心を示し、国内向けの実装ガイドを公開するといったシナリオも十分考えられるでしょう。そうした動きが加速すれば、日本のセキュリティ業界全体が国際基準に追いつくだけでなく、場合によっては新たな知見やイノベーションを世界に向けて発信するチャンスにもなります。

まとめ

OSCAL(Open Security Controls Assessment Language)は、セキュリティコントロールや監査情報をデータ形式で統一し、自動化と効率化を推進するためのフレームワークです。従来の文書ベース管理では避けられなかった重複作業や整合性チェックに膨大な時間を割く必要があるなか、OSCALを導入すれば、以下のような大きな変革をもたらす可能性があります。

改めて、OSCALのポイントを整理してみましょう。

  • ドキュメント管理の効率化 一度定義したコントロールを複数の規格やシステムで再利用しやすくなり、全体の整合性も保ちやすくなる。

  • ツール連携と自動化 XML、JSON、YAMLのようなマシンリーダブルな形式を採用することで、監査ツールやCI/CDパイプラインと連携でき、監査プロセスを大幅に効率化できる。

  • リスク評価のスピードアップ どのシステムがどのコントロールを適用しているのかを即座に把握し、監査証跡を容易に追跡できるため、内部統制やリスク評価の質と速度を同時に高められる。

  • グローバル対応 FedRAMPやISO 27001、SOC 2など、国際的に利用されている規格との整合性を取りやすくなり、海外案件や多国籍企業でも一元的な管理が実現しやすい。

  • コスト削減とガバナンス強化 監査対応にかかる工数が削減されるだけでなく、セキュリティ全体の統制レベルを向上させることで、経営層や顧客からの信頼を獲得しやすくなる。

まだ国内では事例が少なく、日本語の資料も限られているのが現状ですが、OSCAL自体はNISTが公的機関として策定している枠組みであり、今後の展開に注目が集まっています。海外ではFedRAMPをはじめ、政府調達やクラウドベンダーの監査プロセスをOSCALで効率化する動きが少しずつ広がっており、日本でもデジタル庁や大企業のイニシアチブによってOSCALが広く認知される可能性が高まってきています。

もし皆さんの組織が情報セキュリティやコンプライアンス管理に課題を抱えていると感じているなら、一度OSCALの公式ドキュメントや海外コミュニティを参照してみるとよいでしょう。最初はややハードルが高く見えるかもしれませんが、試験導入で小さく始めることもできますし、ツールやライブラリを活用すれば実装負荷を下げられます。そして何より、いまのうちからOSCALを学んでおくことは、企業や組織のセキュリティ・ガバナンスを将来的に強化するうえで大きなアドバンテージとなるはずです。

次回以降は、OSCALが具体的にどのように監査プロセスやコンプライアンス管理を変革していくのか、実装や導入のステップ、海外事例の紹介など、より詳しい内容を取り上げていきます。引き続きご覧いただければ幸いです。

このブログを購読する

最新の記事をメールでお届けします!

購読する